
「阿部の次の巨人監督は松井しかいない」巨人大物OBが8.16東京ドームGT戦での長嶋茂雄氏の追悼試合で始球式登板が決まった松井秀喜氏の「生前約束」について独自見解
巨人は14日、「長嶋茂雄終身名誉監督追悼試合」として開催される16日の東京ドームでの阪神戦のセレモニアルピッチを松井秀喜氏(51)が務めることを発表した。長嶋氏は6月3日に89歳で逝去。師と仰ぐ松井氏が弔問した際に「生前に約束したことがある。今はお話しすることはできないけど、その約束を果たしたい」とコメント。その“約束”は巨人での監督就任と推測されているが、巨人OBでヤクルト、西武で監督を務めた広岡達朗氏(92)は「阿部の次は松井しかいない。巨人も考えているんじゃないか」と、松井監督誕生を支持する考えを明かした。
「松井監督なら納得がいく」
ミスタージャイアンツの追悼試合で始球式を務めるのは、この人しかいない。ゴジラこと松井氏だ。1992年のドラフト会議で、13年ぶりに監督復帰した長嶋氏が、中日、阪神、ダイエー(現ソフトバンク)の4球団が競合した松井を引き当て、「球界の4番として育てる」1000日計画がスタートした。東京ドーム、遠征先ホテル、長嶋氏の自宅での素振りが日課となり、徹底したマンツーマン指導。真っ裸で素振りをさせたこともある。
1年目の1993年5月に「7番・レフト」でデビューした松井氏は、入団3年目となる1995年8月25日の横浜ベイスターズ戦で初めて落合博満氏に代わって4番に抜擢された。
2人の師弟関係は長嶋氏が勇退する2001年シーズンまで9年間続き、その1年後、松井氏はFA宣言をして海を渡りヤンキースと契約した。その後も2人の深い師弟関係は続き、長嶋氏がニューヨークを訪れて、そこでも「バットを持って来い」と素振りをチェックしたことがあるほどだった。
2004年に長嶋氏が倒れてからも松井氏が復帰をサポート。2013年には揃って国民栄誉賞。2021年の東京五輪の開会式では、松井氏が長嶋氏の腰の付近を後ろから持って支えて共に最終聖火ランナーを務めた。
その松井氏は、長嶋氏の悲しい報告を知ると、ニューヨークから飛んできて、4日の早朝に長嶋氏の自宅を弔問。
囲まれた報道陣に「生前に約束したことがある。今はお話しすることはできないけど、その約束を果たしたい」と意味深なコメントを残した。
その約束は松井氏自身の口からは明かされていないが、各社の報道によると、通夜の挨拶で喪主である次女の三奈氏が、「松井さんが次の巨人の監督になられるかのような雰囲気を父に醸し出しておけば、父は、毎年そのことを楽しみにリハビリをもっともっと頑張るので、松井さんどうか父が100歳になるまで言い続けてください」と明かしたという。
ではミスターの遺志でもある松井監督は実現するのか。
巨人の大物OBである広岡氏は、「約束とは監督以外にないだろう」と予想した上で、「松井があえて口に出すんだからそれくらい覚悟が固まったということだろう。実際問題として松井監督はあるんじゃないか。巨人も考えているんじゃないか」と、松井監督が誕生する日がその遠くないことを断言した。
――広岡さんは松井監督に反対ではない?
「松井なら納得がいく。阿部の次は松井以外にない。他に監督候補もいないだろう」
広岡氏らしい辛口でゴジラ監督を支持した。