「ボクシングは甘くないと痛感した」なぜ井上尚弥はネリ戦に続く2回のまさかのダウンから8回逆転TKO勝利を手にできたのか…77年ぶりに世界戦最多KO記録を更新

　プロボクシングのスーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥（32、大橋）が4日（日本時間5日）、米ラスベガスのT-モバイルアリーナでWBA同級1位のラモン・カルデナス（29、米国）を8回45秒TKOで下して防衛に成功した。2回に左フックを浴びてダウンを奪われる大ピンチがあったが、7回にダウンを奪い返して8回に猛ラッシュを仕掛けるとレフェリーがストップした。4つのベルトの同時防衛記録が「4」となり、スーパーミドル級の4団体統一王者、サウル“カネロ”アルバレス（34、メキシコ）の記録に並び、世界王者としてのKO防衛記録が「23」となり世界ヘビ34級王者ジョー・ルイス（米国）の持つ最多記録を77年ぶりに更新した。

　カウンターの左フックを浴びてダウン「非常に驚きました」

　“新聖地”T-モバイルアリーナが騒然となった。
　第2ラウンドだ。至近距離で井上の左が外されたその打ち終わりに頭を下げていたカルデナスが思い切り振った左フックが顔面を直撃。尻餅をつく形でダウンして両手をついたのだ。昨年の5月5日、東京ドームでのルイス・ネリ（メキシコ）戦の1ラウンドで、左フックを浴びて味わったダウンシーンと同じだった。
　体を沈めて死角から飛び出てきたパンチを井上は見えていなかったのだろう。
　井上はセコンドに右手を振って「大丈夫だ」と合図。膝をついたまま、カウント7まで待って、回復に努めて冷静に立ち上がった。
　試合後にライブ配信したAmazonプライムビデオが中継で行ったインタビューによると「（ダメージが）足には来ていなかった」という。
「打たれ強さというか、倒れたから打たれ強くはないのかな。でもリカバリーの力があることは証明できた」
　このラウンドでは右の強打を浴び珍しく鼻血まで出していた。
　コーナーに戻った父で専属トレーナーの真吾氏が声を枯らす。
「しっかりカバーを。左を振ってくるからな、気をつけて。小さく、小さく」
　3ラウンドから井上は、もう一度、基本に立ち返ったかのようにジャブから試合を組み立て直した。カルデナスは両ガードを高く上げて固めた。真ん中をジャブで抜かれないように顔を隠すように拳を縦にして絞っていた。
　4ラウンドはそのガードの上からお構いなしにワンツーを何発もお見舞いして、上下にフックの連打。それでもカルデナスは打ち終わりに不気味に一発を狙ってくる。ヒリヒリするような打ち合いになり、井上はニヤっと笑った。
　5ラウンドには、井上に傾きかけた流れを取り返そうと、カルデナスがジャブから前へ出てきた。ダウンを奪った左ではなく、右のストレートを勇気をもって打ち込んできた。続く6ラウンドも、壮絶な殴り合いになったが、ラウンドの終盤に井上が怒涛の連打でコーナーに追いつめた。上下の連打。試合後、カルデナスが「6、7、8連打まで食らった。凄かった」と振り返った場面である。
　カルデナスはそれでも逆襲の一発を狙いながら、嵐を過ぎ去るのを待つかのように耐えて、ゴングに救われた。会場は総立ちとなった。
　モンスターが勝負に出たのは7ラウンドだった。ワンツーからプレスをかけると、それを察知した満場の会場から「イノウエ」「イノウエ」のシュプレコールが起きる。ガードの上から右のストレート。それでも挑戦者は笑っていた。ロープに下がらせて右のボディ。今度はロープの二段目に腰が落ちかけた。だが、肩をぶつけあうような至近距離で、逆に左フックを浴び、井上がスルスルと下がった。カルデナスは、左のボディショットで追い打ちをかけてくる。
　モンスターは殴り合いを楽しんでいた。右で押し返すと、また右ストレートだけを長短織り交ぜて4連打。ついにカルデナスはコーナーからずり落ちるかのようにダウンした。ボディブローによるダメージの蓄積があったのかもしれない。
　「36分間で人生を変える」と、この試合に挑んできた挑戦者はそれでも立ち上がってきたが、もう限界だった。
　インターバルで真吾トレーナーが言う。
「今のままでいいから一発だけに気をつけろ。打ち終わりのカバー」
　フィニッシュは8ラウンドだった。
　距離を詰めて、右フック、右アッパー、左ボディ、右ストレートのコンビネーションブローで、ロープへ吹っ飛ばすと、炎の連打。右アッパーが入り、まとめたところで、レフェリーが間に入って試合を止めた。
　カルデナスは不服そうだったが、井上は赤コーナーの一段目のロープに上がって、右手で胸を何度か叩き、ファンの声援にこたえた。