
「ダウンをした時に記憶が飛んだのかも。大丈夫じゃなかった」井上尚弥の衝撃ダウンシーンの真実を真吾トレーナーが明かす…「ダウンよりも想定外だったのは…」
だが、そのピンチを脱するのがパウンド・フォー・パウンドの真骨頂だった。
「右のカバーね。一発に気をつけて、小さく、小さく」
ラウンド間に真吾トレーナーが出していた指示だ。
「3ラウンドからコツコツといった。それをやりながらダメージを抜きたかった。倒し返そうと、大きく力んで振り回してラッキーパンチをもう一度もらうとアウト。極力大きく振らないようにと、僕も言ったし、それを徹底した」
井上は3ラウンドからジャブを軸にした基本に帰ったボクシングでポイント奪い返す。4ラウンドはカルデナスが固めたガードの上からワンツーの強打を何発もお見舞いして上下にフックを連打した。それでも、カルデナスはロープを背負いながらもガードを固め、不気味に打ち終わりへの一発を狙っていた。
5ラウンドの終盤に井上が、怒涛のラッシュでコーナーに追いつめた。試合後、カルデナスが「6、7、8連打まで食らった。凄かった」と振り返った場面。
6ラウンドも井上ペースだったが、真吾トレーナーは「カルデナスのパンチがずっと怖かった」という。
「3、4ラウンドを見て、引きずっているダメージはなかった。ただ相手はスパッとシャープに振ってくる。あれが怖かったんです。インターバルで尚も『パンチはなくはない』と言っていた。逆に言えば、こっちはロープに詰めていたが、相手は誘って打ち終わりにもっていこうとしていたのかも。3、4、5ラウンドは、ずっとそれを狙っていた」
真吾トレーナーはそうカルデナスの心理を読む。
そして、もうひとつの誤算があった。
「試合前に何試合か見たときの映像でジャブが凄く伸びていた。ステップインが早いのか。ジャブに気をつけないと面倒臭いと言っていた」と、警戒していたはずのジャブを防げなかったことだ。
「自分なんかのイメージともちょっと違っていて、ジャブが凄く届いていた。普段、まったくもらわないわけじゃないが、1ラウンドに2、3発もらうと、5、6発もらう感じになる。ジャブをもらうと冷静さを失うんですよ。だからジャブをもらい続けるのは嫌だと思っていたが、思いのほか入ってきた。そこに関しては、もう少し見切ってくれるのか、と思っていたが、カルデナスがそれをさせてくれなかった。どのラウンドでもジャブがすっと入ってきた。差し合いでもらうのはしょうがないし、単発でポンと、1、2発ならいいが、その後も届いていた。面倒臭いジャブを打つ選手だった」
ダウン以上にこのジャブが苦戦の理由だったのだ。
しかし、井上は、7ラウンドにダウンを奪い返す。もうフィニッシュは時間の問題に見えた。だが、ここで知られざる“第2のピンチ”が訪れていた。
(明日に続く)
(文責・本郷陽一/ROSNPO、スポーツタイムズ通信社)