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電撃引退を決めた田中恒成と畑中会長
電撃引退を決めた田中恒成と畑中会長

「右目の光を失った。怖かった」元4階級制覇王者の田中恒成が失明の恐れのある「網膜剥離」で29歳で電撃引退…「最後の1試合が叶うなら井上拓真と戦いたかった」

 だが、自らも目が見えなくなり敗れた田中は、その夜、拓真に電話してその思いを伝えている。
「まだオレと戦っていないだろう。そのうちやろう」
 だが、先に辞めることになったのは、田中の方だった。
 引退を伝えたのは4日の朝。
「辞めるなと言ってオレが辞めてごめんね」とLINEした。
「この世代で切磋琢磨できて最高のライバルが同世代にいたことが誇り」
 井上拓真の兄の井上尚弥とも「いつか戦いたかった」という夢もあった。
「スパーもやったことがないくらい僕とは実力差のある兄(亮明)にずっと(井上尚弥は)勝ち続けていた。むちゃくちゃ凄い。いつか戦いたいとずっと思っていた」
 2013年8月に井上尚弥が日本フライ級王者の田口良一(ワタナベ)に挑んだ座間の会場にプロデビューを3か月後に控えた田中がいた。畑中会長は、その時、筆者に「将来的に対戦する可能性がある相手だから」と視察にきた理由を明かしていた。階級の違いもあり、2人が交わることはなかったが、井上の持つ最速記録とはずっと競い続けた。
 今後については「ボクシングが好きなのでボクシングには大きくか関わっていきたい」と考えている。ジム経営、トレーナーなどの指導者にも興味はあるが、「僕は、人に夢を託すとかはしないけど、後輩であれば、その後輩本人の持っている夢の応援はしてあげたい」という。
「ボクサー人生はこれで終わりになるが、スポーツはすべて人生の過程。この経験をもとに引退しても頑張っていきたい」
 そしてこうも言った。
「ボクシングを通してカッコいい人になりたい、と思い続け、僕の判断基準は、カッコいいか、どうかで決めてきた。これからもその軸を変えず、応援して良かったと思ってもらえるように、これからも結構、頑張って生きていきたい」
 会見後に記者に囲まれると田中は丁寧に「来てくれて嬉しかったです。ありがとうございます」と頭を下げた。その愛される人柄と、カッコよさにこだわる信念があれば、その前途に不安はないだろう。引退の10カウントは8月16日に名古屋の露橋スポーツセンターでの畑中ジムの興行で鳴らされる。

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