なぜ井上拓真は文句無しの3-0判定で那須川天心との名勝負を制することができたのか…兄尚弥と「反対していた」父真吾トレーナーとの知られざる葛藤と家族の絆
天心が出てこなければならない9ラウンドも拓真が逆にプレッシャーをかけ右のボディで先手を取った。10ラウンドに天心がノーガードのトリッキーなボクシングで再びリズムを取り戻そうと仕掛けてきた。だが、コーナーで真吾トレーナーは「無理に追うな、振るな」と、ムキになって“天心ワールド”に誘い込まれることをいさめた。
チャンピオンズラウンドと呼ばれる11ラウンドに拓真は至近距離から右のアッパーを4連打、さらに3連打。
「いいぞ、拓、いいぞ。集中、集中」
尚弥の檄が飛ぶ。ジャブで天心の反撃を封じた。
もう勝負あった。
「プレッシャーを嫌がっているのは感じた。でも顔色を変えずに淡々とやる。それがお父さんと決めた作戦。最初から最後までそれを実行した」
当初、真吾トレーナーは天心戦に反対してGOサインを出さなかった。
「相手は関係ない。本人が気持ちを入れ替えられるか。うちらと同じ温度差でやれるかどうか。それが見えないなら誰とやっても同じ結果だ」
ベルトを失った堤戦で拓真は相手を舐めていた。
体重も落とさずコンディションをなかなか作らなかったためスパーに入る時期が遅れてた。過去で一番スパーの量は少なかった。疑惑のスタンディングダウンがなければドローの可能性もあったが、真吾トレーナーは、「そんなの関係ない、負けですよ」と、一切クレームはつけなかった。「準備をしていないから、アドバイスのしようもない」
その拓真が変わらなければ、天心戦へのGOは出さない。堤戦で痛みがひどくなってメスを入れた左手首の影響もあったが、その後も、拓真の本気が見えなかったが、天心戦のオファーが耳に入って目の色が変わった。兄の尚弥の願いもあり、真吾トレーナーは、OKを出して、大橋会長に2人でその決断を伝えた。しかし、拓真はそれで安心したのか、真吾トレーナーが求める「限界を越える領域」には進まなかった。
9月25日、リッツカールトンで、天心VS拓真戦の発表記者会見で行われた。だが、真吾トレーナーの姿はそこになかった。
「ウソはつかないしつけない。今の拓真の状態はどうですか?と記者さんに聞かれたとき、何も答えられない」
それが理由だった。
真吾トレーナーは、大橋会長に事情を説明して欠席を了承してもらい、代わりに北野トレーナーが出席した。
真吾トレーナーは晴れの会見の場に欠席することを拓真へのメッセージに代えたわけではなかった。

