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拓真の右ストレートが天心に炸裂した(写真・山口裕朗)
拓真の右ストレートが天心に炸裂した(写真・山口裕朗)

なぜ井上拓真は文句無しの3-0判定で那須川天心との名勝負を制することができたのか…兄尚弥と「反対していた」父真吾トレーナーとの知られざる葛藤と家族の絆

 父は拓真と話し合いを持ち、何度もその本気度を問う。
 すぐに真吾トレーナーが、尚弥の自転車を借りて追いかける何年ぶりかのマンツーマンのロードワークが始まった。
「あそこから拓真が変わった」
 練習では腕立て一つを取っても、どこまで下げれるかまで、細部へのこだわりを求めた。限界までその質を高めた。
 スパーでは、ジムの超ホープ、坂井優太を“仮想天心”に見立てた。
「凄くレベルが高い」という尚弥からの評判を聞き、真吾トレーナーは「やられたら嫌だな」と不安を抱いた。そこで自信を失うことを恐れた。だが、拓真は坂井のスピードや動きに対応して一歩も引かなかった。天心にポイントを渡した1、2ラウンドの距離をとったカウンダ―ボクシングを潰す、詰め方も、天心と同じくリーチが長く、カウンターセンスも抜群の坂井を相手に磨いたもの。「リターンがないから手が減り、相手のペースになる」「体でパンチを受けすぎる」という堤戦で露呈した欠点を克服した。
 試合2日前に父が言った。
「今までの拓真とはまったく違う別人になった。変わったし、一番強くなった。今まで心配しかなかったが、今回は、同じ意識で、同じ温度差でやりきった。これだけやったら、もう結果はどっちでもいい」
 試合後、拓真が言った。
「充実感より、これだけの強敵に勝てた、そして練習はウソをつかないと感じた」
 尚弥も12月27日にサウジアラビアでのアラン・ピカソ戦を控え練習をスタートさせていたが、拓真の練習を優先させた。自分が先に上がるようにして、練習を見守り、アドバイスを送ってきた。
 井上家が一致団結して苦闘や葛藤を乗り越えた結果の勝利だった。
 リング上で拓真は天心に「相手が天心だから、ここまでやってこれた。ありがとう」と声をかけた。
「ずっと無敗できているだけあって勘がいい。目が良かった。絶妙の距離感え外す。今ままでないタイプ。キャリアを積めば、もっともっと強くなる」
 完勝はしたもののプロ8戦目でここまでやった天心へのリスペクトがある。
 そして、天心からは「強くなって、もう1回、挑戦することころまでいきますんで。もう一度よろしくお願いします」とリベンジを申し込まれた。
「向こうもまた上がってくるのがわかっている。その時はやります」
 この日が2人の壮大な物語の始まりなのかもしれない。
 王座決定戦の場合、次戦に指名試合がかかるのがルールだ。ランキングの最上位にいるのが、元2階級制覇のレジェンド、ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)である。
 大橋会長は「エストラーダか」と一言、意味深の言葉を残した。
 拓真がリベンジを誓う堤も12月17日にノニト・ドネア(フィリピン)と団体内統一戦を行う。その勝者との統一戦も視野に入る。
 会見が終わった後に真吾トレーナーが言った。
「ここまでの拓真のベストファイト。でも本当のベストな拓真はまだ先。ここが限界じゃないですよ」
 人は変われる。プロ12年目にしての覚醒である。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

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