
井上尚弥に敗れたアフマダリエフの「ウォーミングアップの時間が足りなかった」の見苦しい“抗議”にJBCが「前日にゴングの時間は確認済み。進行に不備は一切なかった」との見解を示す
プロボクシングのスーパーバンタム級の4団体統一王者の井上尚弥(32、大橋)に14日に名古屋で判定負けを喫した前WBA世界同級暫定王者のムロジョン・アフマダリエフ(30、ウズベキスタン)が「ウォーミングアップの時間が足りなかったせいで力を発揮できなかった」と運営サイドの進行にクレームをつけた問題について、試合を統括管理していたJBCが17日、見解を示した。前日のルールミーティングで、試合開始時間が早ければ20時になることは、両陣営に伝えており「運営進行に一切の不備はなかった」とした。井上を6年ぶりの判定決着にもつれこませた好ファイトを台無しにするような見苦しい言い訳だ。
なかなかグローブをつけなかったアフマダリエフ
アフマダリエフの発言が波紋を広げた。井上に0-3の判定で敗れ、試合後の会見出席を拒否していたアフマダリエフは、母国のウズベキスタンに帰国すると、多くの関係者やファンからの歓待を受けたタシケント国際空港でメディアの取材に応じてこう発言した。
「多くの人が今回の試合に納得していないことはわかっています。私自身もリングの中で思い通りに動くことができませんでした。前の試合(セミファイナル)が4ラウンドで終わったため、本来は、36分あるはずの(試合までの)時間が15〜20分ほどしか与えられず、十分にウォーミングアップをする時間がありませんでした。脈を上げる時間もなかったので、試合では自分の力を完全には発揮できなかったのです」
ウズベキスタンのメディア「Zamin」や「OKTOGON UZ」が伝えたもの。
セミファイナルのWBO世界バンタム級タイトルマッチが王者の武居由樹(大橋)が指名挑戦者のクリスチャン・メディナ(メキシコ)にまさかの4回TKO負けを喫する波乱。フルに戦えば36分間(正確にはインターバルを含めて47分間)あったはずの試合が約13分間で終わったため、ウォーミングアップの時間が十分に取れずに、体が温まらず試合の序盤から主導権を握ることができなかったというのだ。
だが、タイトル戦を統括したJBCによると、前日のルールミーティングで、試合開始予定は、20時から20時20分で、進行次第で「20時のゴングとなること」を両陣営に伝えて確認していたという。
「進行に一切の不備はありません」
当日は、ライブ配信をしている運営進行サイドから7時35分くらいにJBCに「アフマダリエフが入場時間が近づいているのにグローブをつけない」との連絡があった。JBCの幹部が控室に確認にいくと、すぐに待機していた大橋陣営の立ち合いのもとグローブを装着して「少し時間が欲しい」とアップをはじめたという。
その際特に焦った感じも「試合開始時間の前倒しはおかしい」というようなクレームや抗議は、陣営からはなかったという。
専属トレーナーのアントニオ・ディアス氏は、ボディプロテクターもつけて準備していた。ウズベキスタンの格闘専門メディアがフェイスブックで伝えた映像によると、アフマダリエフはそれまでにシャドーボクシングを行い、グローブ装着後にはミット打ちも行っている。
19時50分前後にアフマダリエフが入場、試合開始時間は20時20分前後だった。事前に「早ければければ20時にゴング」と伝えられているので、「ウォーミングアップが十分でなかった」というのは、単純にアフマダリエフ陣営の準備の時間の逆転ミス。しかも、前の試合が終わっているのに、JBCの幹部が控室に来るまで、進行の言うことも聞かずにグローブを装着しなかった点も謎だ。
アフマダリエフ陣営は、ウズベキスタン人のスタッフと、トレーニングを行っている米国のアントニオ・ディアス、ジョエル・ディアス兄弟トレーナーら米国人スタッフのコミュニケーションが取れていない様子だったそうで、チーム内での行き違いがあった可能性があるという。
ただアフマダリエフ陣営も井上陣営も条件はまったく同じ。タイなどの海外では試合時間が、1時間も2時間も遅れたり早まったりすることがあるが、日本の運営、進行は正確でフェア。そこにクレームをつけて、敗因だとするのは、あまりにも見苦しい言い訳だ。しかも、試合後にJBCに対して、アフマダリエフ陣営から、この進行に関してのクレームは一切なかったという。
試合内容を振り返ると、ウォーミングアップが足りなかったにしては、前半の方が、むしろ挑戦者は手を出していた。だが、中盤から後半にかけて「中盤以降に距離をつかんだ」という井上にすべてを見切られて、攻撃に転じることができず、防御に回るしかなかった。
試合後に会見への出席を拒否したアフマダリエフに代わってインタビューに応じたアントニオ・ディアストレーナーに「なぜ後半に反撃せずにディフェンスに終始したか?」と質問したが「それについてはノーコメントだ」と言葉を濁し「しっかりと準備を整えていたが、こちらがスピードで劣っていた印象はある」と説明していた。
最終ラウンドにアフマダリエフは意地の右フックをヒットさせたが、井上は大橋秀行会長に「効かなかった」と伝えている。
井上に警戒心を抱かせ最後までヒット&アウェイの「勝つボクシング」を徹底させ、ダウンシーンもなく6年ぶりの判定に持ち込んだことは評価されるだろう。しかし、内容的には、2人のジャッジが118-110とつけたように、明確にポイントを失ったのは、その12ラウンドと10ラウンドだけ。
ダウンを奪うシーンはなかったがほぼ何もさせずの完勝だった。トップランク社の総帥のボブ・アラムCEOが「コンプリート(完璧な)ファイト」と表現した試合内容で、ウォーミングアップが足りなかったことが勝敗に影響を及ぼしたような僅差のファイトではなかった。
4年前にウズベキスタンでアフマダリエフと対戦して5回TKO負けをしている元IBF世界スーパーバンタム級王者の岩佐亮佑氏は、「国家警備隊に属していてアマチュア時代からアフマダリエフは国を背負って戦っている。その重圧は相当のもの。負けは許されない」という話をしていた。
帰国したタシケント国際空港では、判定負けしたものの、井上のKO勝利を11でストップさせる大善戦を演じたアフマダリエフは英雄扱いされ、花束や試合前に井上陣営に「尊敬の証」としてプレゼントした伝統衣装「チャパン」をプレゼントされるなどの歓待を受けた。アフマダリエフなりに、何か国民に向けての“言い訳”が必要だったのかもしれない。その空港でのインタビューでアフマダリエフは「私はさらに強くなって帰ってきます」と再起を宣言している。