
「井上尚弥はクセを見破られていた」なぜモンスターは衝撃のダウンを奪われカルデナスに大善戦を許したのか…「ガードが下がるのはわかっていた」初めて露呈した“弱点”
井上は珍しく打ち疲れていた。腰が浮きパンチを打つバランスも明らかにおかしかった。カルデナスが「凄いとは思わなかった」くらいパンチにパワーが伝わっていなかったのである。
なぜか。中谷氏は、こう分析した。
「ダウンしてからディフェンス寄りにスタイルを変えたので攻撃のバランスが崩れました。打ち疲れが見えたのは、踏み込む足をカルデナスに封じられたからです。近い距離での打ち合いを余儀なくされました。井上選手は殴り合いが楽しかったと話をしていましたが、彼のパンチに威力が出るのは、強力なステップインで足のパワーがパンチに伝わったときなんです。でも、今回はカルデナスがスピードのあるジャブから勇気をもって打ちあってきたので、近い距離で上体だけでパンチを打つ時間が増えました。上体だけで強いパンチを打とうとすると、バランスが崩れてスタミナの消耗が激しくなるんです。井上選手が珍しく打ち疲れたのはその影響です。自分の距離で戦えなかったので、パンチの威力が減り、フィニッシュに時間がかかり、キャンバスに沈めることができなかったんだと思います」
そして中谷氏は今後への“不安”をこう指摘した。
「モンスター攻略法をさらけだしてしまいました。カルデナスのようにフィジカルの強い選手ががっちりとガードを固めてジャブから距離をつめて、井上選手の得意な距離でボクシングをさせず、その打ち終わりにカウンターを狙う。井上選手の主導ではなく、こちらから近い距離で戦い、我慢してカウンターを狙う作戦です。特に左フックにはカウンターを合わせてこられるでしょう。これからフェザー級に挑戦するのであれば、なおさら相手のフィジカルが強くなるので、その攻略方法が生きてきます。もしかすると、フェザー級への挑戦は厳しい戦いになるのかもしれませんね」
井上は12月には3年30億円で契約した「リヤドシーズン」の本拠地サウジアラビアでWBA世界フェザー級王者のニック・ボール(英国)に挑戦する計画がある。
次戦は9月14日に日本でWBA世界同級暫定王者で元WBA&IBF世界王者のムロジョン・アフマダリエフ(3ウズベキスタン)の挑戦を受ける。
中谷氏は、「アフマダリエフのスタイルとフィジカルであれば、この攻略法が通用するかも」と見ている。おまけにトレーナーは、カルデナスと同じディアズ氏。同じ作戦を立ててくるのは間違いない。
ただ中谷氏は、“モンスター殺し”への対策は井上であれば可能だという。
「簡単です。まず左フックを不用意に打たないことです。ジャブ、ワンツー、ボディと井上選手は、左フックがなくても他に武器はいくらでもあります。それをやれば、相手の作戦も空回りします。それと踏み込みの使える本来の距離でのボクシングを徹底することでしょう。ボクサーは晩年に近づくとファイター寄りになる傾向がありますが、万能型であることを忘れないことではないでしょうか」
井上は計量後のインタビューで2度戦った元5階級制覇王者のノニト・ドネア(フフィリピン)に「あなたはいろんなことを成し遂げてきた。あなたをやる気にさせているものは何ですか?」と質問された。
「まだまだ強くなりたいという気持ちですね」
そう返した無敵のモンスターは、米ラスベガスで突きつけられた課題を実は心の中では喜んでいるのかもしれない。