
「右肘のテープを外したが…」なぜパリ五輪金メダリストの北口榛花はまさかの予選敗退となったのか…技術と感覚のズレと目に見えぬ重圧…「長い休みが必要」
練習では「自分のなかでは全力で投げているつもりでも、試合からは遠い」という不完全な投げが続いていた。そのモヤモヤした気持ちを吹っ切るために、最後の投てき練習では右肘を保護していたテーピングを外して臨んだという。
「その方が感覚が良かったので、今回はテープなしで試合に出場しました。正直、テープの有無で、どれぐらい自分の気持ちが変わるのか分からなかったんですけど、1投目で60m飛んで少しホッとしたんです」
1回目が終わって、「伸ばしていける」という手応えはあった。しかし、その後はうまくアジャストできなかった。
「1投目はやりが少しカーブしてしまったので、2投目はちょっと右に向かって投げたんです。2投目の方が、昔の自分の投げに近いなと感じました。3投目はちょっと(助走の)スピードも上げつつ、もっと前にという気持ちが出て、久しぶり投げ急いでしまった。助走に関しては凄く良かったんですけど、技術面をうまく噛み合わすことができなかったかなと思います」
3回の試技を最初に終えて、記録は60m38。北口はどんな気持ちでライバルたちを見つめていたのか。
「これ以上は超えないで欲しいなとは思っていたんですが、あの記録だと絶対に超えられるので、厳しいなと思っていました。日本で会場いっぱいの(観客が入った)競技場を見られて凄くうれしかったですけど、ちょっと足りない部分が多かった……」
B組を終えた総合結果は上田が次点の13位、北口は14位で予選落ちとなった。決勝進出ラインは60m98。北口は60㎝届かなかったことになる。
世界選手権と五輪を連覇した日本人は北口が初めてだ。その状況で自国開催の世界陸上を迎えて、右肘のケガがあった。本人は、「競技場に来る前の方が緊張していて、競技場に入ったら、そんなにプレッシャーは感じなかったです」と話したが、過去の日本人アスリートが感じたことのない強烈な重圧が北口にはあったことだろう。
「とりあえず一旦休んで、自分の頭が右肘のことを考えないで練習できるようにすることをまずは大事にしたいと思います。世界大会の借りは世界大会でしか返せません。ここで決勝に残れなかったからといって人生は終わりではないですし、ちょっと長い休みが必要かもしれないですけど、強くなってちゃんと戻ってきたいと思います」
予選は21歳のA.ビラゴシュ(セルビア)が66m06をマークしてトップ通過した。今季は67m22まで記録を伸ばしている選手だ。一方、27歳の北口は67m38の日本記録を保持しているが、今季は64m63でシーズンを終えようとしている。2027年の北京世界陸上、2028年のロス五輪で北口がどんな姿を見せてくれるのか。まだまだ強くなれると信じているのは筆者だけではない。世界中のファンが〝北口スマイル〟を待っている。
(文責・酒井政人/スポーツライター)