「王座返り咲きより天心への黒星」プロ12年目にして覚醒の予感をさせた井上拓真に兄の尚弥が授けた“天心攻略”の秘策
拓真も自信に満ちあふれていた。
「体調、コンディション、メンタル面でも、すべてがベストコンディションに仕上がっている。過去一。しっかりと自分を出して最後まで集中してやりきる」。
そしてこうも言った。
「世界王座に返り咲くというより、天心選手にしっかりと勝って初黒星をつける。ここが一番のモチベーションであり、応援してくれているファンの期待に恩返ししたい」
気持ちの変化の理由は、堤に負て王座から陥落した試合にある。
Amazonプライムビデオのドキュメンタリー映像は、リングを降りたバックステージ控室で「自分の中で区切りがついたかな」と引退をほのめかした拓真のつぶやきを拾っていた。
「負けた敗因はボクシングに対する気持ちが届いていなかっただけ。ダメージとか技術で負けたとは思っていない。ここで負けたら後悔する。そこが一番。後悔せず長くないボクシング人生をやりきりたい」
覚悟が違う。
準備も万全だ。尚弥がアフマダリエフ戦に備えて招聘した元WBA&IBF世界スーパーバンタム級王者のマーロン・タパレス(フィリピン)から始まり、対戦が正式発表されてからは、志成ジムの超ホープ、堤麗斗、大橋ジムの前日本バンタム級ユース王者、坂井優太らと100ラウンドを越えるスパーを消化してきた。
大橋会長は「ジムにきて13年以上になるが、一番集中して気合が入っている。勝ちたいという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。それだけ天心選手が強敵であることの裏返し」と仕上がりに太鼓判を押した。
天心を「キャリアがないと言われるが、格闘技で強い選手と戦ってきて格闘技的なキャリアがある。皆さんが思っているほどのキャリアの差はない」と警戒しつつ「ただ戦ってきている相手を見てもらえばわかる。強い相手とばかり戦っている。その差が生きるんじゃないか」と拓真のアドバンテージを強調した。
拓真は、そのキャリアでWBCの王座統一戦で敗れはしたが、ノルディ・ウバーリ(フランス)や国内の強豪である栗原慶太、和氣真吾らを撃破し、WBA王座を奪ってからは、初防衛戦でIBF世界スーパーフライ級王座を9度も防衛しているサウスポーのジェルウィン・アンカハス(フィリピン)を超攻撃的スタイルで9回KOに仕留めている。
チャンピオンメーカーの本田明彦会長を驚かせるほどの進化を見せている天心だが、これがプロ8戦目で、そのキャリアで一線級を相手にしたのは元WBO世界バンタム級王者のジェイソン・モロニー(豪州)だけ。この経験の差は拓真の強みではある。
拓真からベルトを奪った堤の予想は「拓真」。その理由は「願望もあるが、ボクシングの幅がまだ違う」というものだった。彼もまたキャリアの違いが勝敗を分けると見ている。

