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名参謀の高代延博さんが亡くなった(写真・黒田史夫)
名参謀の高代延博さんが亡くなった(写真・黒田史夫)

追悼…名コーチの高代延博さんが「結果論で“4番の時は走らせるな!”では困ります」と落合博満監督に反発した夜…WBC名シーンの裏話、ノムさんを脱帽させたブロックサイン

 2009年のWBCでは、米国ラウンドに入りそのシートノックを「ニューヨークタイムズ」に「魔術」「芸術」と取り上げられた。
「日本の守備がいい理由はこれだ」と絶賛され、アリゾナでの短期調整中には、サンフランシスコ・ジャイアンツのベンチコーチから「どうやれば内野守備のレベルが上がるかを聞きたい」と申し入れがあった。
 高代さんは、「基本の徹底と反復練習しかない」と説き、「打球は点ではなく線で捕る」基本とステップの重要性を伝えた。
 計2度、内野守備コーチを務めた、そのWBCでは、高代守備教室への入門者が相次いだ。松田宣浩には、捕球ポイントの間違いを正し、川崎宗則には、グラブの背を見せるクセを指摘し、坂本勇人には、打球の正面に入ろうとする傾向に「シングルでいい」と伝えた。
 松井稼頭央は自らの守備シーンをまとめたDVDを持参して意見を求めた。超一流のメンバーにモノを言うレベルに高代さんはあった。
 信念の人でもあった。
 温厚で知られた高代さんがそのコーチ人生で2度、激怒したことがある。広島の三塁コーチ時代には、走者の緒方孝市が余裕を持って三塁へ向かってきた際、両手をあげて「滑るな」のジェスチャーをしたが、何を勘違いしたか、スライディングを試みた。ベンチに帰ると、大下剛史ヘッドコーチに選手の前で数分間にわたり理不尽に罵倒され、殴りかかろうとして、山本浩二監督に「我慢せい」と止められた。
 中日コーチ時代には、落合博満監督に食ってかかった。高代さんは盗塁のサインを出す権限を落合監督から与えられていた。ある試合で、4番のタイロン・ウッズの打席で、バッテリーが無警戒だったため、一塁走者の福留孝介に盗塁のサインを出してアウトになった。リクエストのある現在ならセーフに判定が変わるようなタイミングだったが、試合後に、落合監督に「4番の時は走らせるな」と激怒された。
 当時の中日は「隙があれば次の塁を狙う」がチームコンセプトだった。
「選手は“行くな”“動くな”と言われると、その言葉がこびりついてネガティブになる。結果論で4番の時に走らせるなでは、3番でも5番で走らなくなる。選手が迷うし、チーム方針が曖昧になる」
 そう危機感を覚えた高代さんは珍しく落合監督に逆らった。
「その考えが監督にあるなら選手、コーチを含めて全員にチーム方針として言っておいた方がいいんじゃないですか。結果的にアウトになったから“4番の時には走らせるな“では担当コーチとして困ります」
 落合監督は返事をせず、以来、高代さんとは口をきかなくなった。あらぬ事件の疑いをかけられたこともあり、2008年を最後に5年間、所属していた中日のユニホームを脱いだ。

 

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