「自分をコントロールできなくなっていた」井上尚弥が最後まで使わなかったディフェンス一辺倒“ピカソKO”の秘策…真吾トレーナーが「尚の試合ではない」と苦言を呈した真意とは?
ピカソは、10ラウンドの終わりに「めちゃくちゃボディが効いている」とトレーナーでもある父親に弱音を吐いていた。
「あと6分間だ。人生を変えるんだ。中へ入って攻めろ!」
そう叱咤を受けたピカソは11ラウンドに初めて打ち合いに応じた。両手を上げてコーナーに帰り、ジャッジの2人はこのラウンドをピカソにつけた。だが、このピカソがやっと前へ出てきたチャンスにも、井上は秘策の2種類のアッパーを使うことはなかった。
冷静さに欠いていたのだろう。
真吾トレーナーは、いくつかの“外的要因”が複雑に重なりあってモンスターを狂わせたと見ている。
「どうしても回りから『格下だ』『相手にならない』などの声は入ってきます。本人はそうは思っていなくても、倒そうと、強引さが出て自分で、自分をコントロールできなくなっていた。1ラウンドが終わって相手の力量もわかったわけじゃないですか。そこに試合直前にバンテージ問題があり、隣の控室でピカソ陣営にワーワー騒ぐことなんかをされて(メンタルを)乱された。自分なんかもイラついてしまうほどだったので、感情的になるのもわかるんです。でも、そういう状態だからこそ、なおピリっと集中していなければならなかったんです」
加えてピカソの「ディフェンスの上手さ」と「打たれ強さ」があったという。
「思いのほか、打たれ強くガードがしっかりとしていた。そこで強引にいってしまっているから崩せず、耐えられたので煮詰まってしまった」
ピカソは1m73と長身で井上とは8センチの差があった。その体格差も、カウンターで決まったボディショットが、あと一押し足りなかった理由でもあったと真吾トレ―ナーは分析している。
「身長が高いので、頭を前に出して体を“くの字”にすると懐がちょっと深くなって腹が遠くなった。その打ちづらさもあったかも。そこにあれだけブロッキングで頑張られると倒すのは難しい。冷静にコツコツできていたらまた違う展開になるかもしれないんですがね」
井上は、スーパーバンタム級への転級初戦がいきなりWBC&WBOの2団体統一王者への挑戦となったスティーブン・フルトン戦、2024年の東京ドームでのルイス・ネリ戦、そして昨年9月のWBA暫定王者のムロジョン・アフマダリエフ戦と相手が強くなればなるほど驚異的な集中力を見せる。だが、一方で2024年9月のテレンス・ジョン・ドヘニー戦や、昨年5月の米国ラスベガスでのラモン・カルデナス戦など、相手が格下になると「倒さねばならない」「魅せなければならない」とのスーパースターゆえの宿命と自らの欲から本来のボクシングを乱す傾向になる。それは、モンスターも人間であることの証明だが、「さらにキャリアを加速させる」という井上が突きつけられた課題でもある。
だからこそ真吾トレーナーは「一度しっかりと本人と話してみたい」と危機感を募らせるのだ。その先に見据えるのは、5月の東京ドーム。中谷潤人とのスーパーマッチである。
(次回連載④に続く/文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

