「負けたら次の日がない」なぜ那須川天心はレジェンドを”病院送り”にし井上陣営を「強くなった」と感嘆させる涙の復活を果たせたのか…「本田会長の決断と父への電話」…知られざる舞台裏
6ラウンドには”第3のパンチ”とも言われる偶然のバッティングでエストラーダがダウン。回復時間が取られた。それでも坪井智也との試合をあきらめたペドロ・ゲバラ(メキシコ)と違い、レジェンドは、試合を続行して足を使ってこのラウンドをやり過ごした。
天心は7ラウンドには、アクションを入れて右アッパーをぶちこみ、終了間際にはオーバーハンドの左でエストラーダをあとずさりさせると、大きなスイングの右ボディを左脇腹にめりこませた。
おそらくエストラーダの左の肋骨を破壊したのは、このパンチ。
「自信を持って倒しきっちゃえ」
ついに葛西氏がGOサインを出した。
「右アッパーと右ボディがクリーンヒットできている試合は負けない」との確信を抱いていたという。
2階級制覇王者の右目にはクマができてしまっていた。
エストラーダが距離をつめてくるが磨いてきた接近戦でも打ち負けない。
8ラウンド終了後の公開採点は「79-73」「77―75」「78-74」で3者共に天心を支持した。2人は5ランド以降のすべてのラウンドで天心につけていた。
天心は9ラウンドも左のボディでエストラーダの体を折り曲げた。
もうレジェンドの心は折れていた。
「ずっと集中できていた。ゾーンに入っていた感じ」
天心は反撃の中盤戦をそう振り返った。
エストラーダのプロモーターは「わずか8戦のボクサーとは思えない。スピードに手を焼いた」と完敗を認め、SNSで拡散している5ラウンドのバッティングが天心勝因説についても「ネガティブな要素ではあるが、ボディが効いたんだ」と否定した。
同じくボディショットで7ラウンドにKO負けしたWBA、WBC、WBO世界スーパーフライ級王者のジェシー“バム”ロドリゲス(米国)と比べて「サウスポーである点が共通点。天心の場合キックのキャリアが有利に働いている」と分析した。
ここ数年、試合枯れし、数日後に36歳となるエストラーダの力は全盛期に比べると落ちていた。戦前の予想通りボディも弱点だった。2戦目のバンタム級での階級の壁もあった。だが、健在だったスキルを封じ込んだのは、まぎれもなく天心の実力だった。
天心は「自分がちゃんと作った試合。結果以上に成長できたなっていう試合だった」と誇らしげに言った。
そして「倒れるパンチ、これだったら効くんだなというパンチの手応え練習からたくさんあった」とも付け加えた。
そのパンチを生み出したのは踏み込む勇気だった。
数か月で変わるほどボクシングは甘くない。だが、天心はそれをやってのけた。
なぜできた?
「荒治療ですよ。自分のメンタルや、やってきたことを全て崖から落とされた。メンタルも心も体もずっとボロボロの状態。でも人は本当に何かになりたかったら狂気にならないといけない」
天心はそう自己分析した。
負けたら終わり。崖っぷち…。前日会見では「人生の岐路のリング」とまで言った。
負ければ引退するつもりだったのか?
そう尋ねると「考えてはいなかった」と否定したが「次の日がないと思っていた。次の日生きてんのかなぐらいの感覚だった」と吐露した。
「ずっと不安もあったし自分のことを信じられない時もあった。負けたらどうしようとかとも思った。人の前で負けをさらすって怖いじゃないですか。僕は失敗だとは思わないが負けるのは失敗。挑戦してる人、日々をしっかりと送ってる人、一生懸命やってる人しか、そういうことはできないが、応援してくれてる人に同じ思いをもう1回させるのは本当に嫌だった。そういった人のためにもう絶対負けられなかった」
ラウンドの途中にいくどとなく天心コールが起きた。
「熱がすごい伝わった負けて欲しくないという気持ちをたくさんの人から感じた。だからこそいつも以上に集中できた」という。

