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8ラウンドにフルトンからダウンを奪った井上尚弥の左フックは空中に飛び上がったロケットパンチだった(写真・山口裕朗)
8ラウンドにフルトンからダウンを奪った井上尚弥の左フックは空中に飛び上がったロケットパンチだった(写真・山口裕朗)

新チャンプ井上尚弥が明かす劇的TKO秘話…「フルトンには最後まで“シカト”された」

 試合前の公式会見では、フルトン陣営のトレーナーが井上のバンテージの巻き方に難癖をつけてきた。井上陣営は大人の対応で譲歩。フルトン陣営がクレームをつけた肌に直接テーピングを巻くことはやめ、一度、ガーゼを薄く巻いてからテーピングを巻く形を受け入れた。試合前には、巻き直しこそ要求しなかったが、立ち合いにきたトレーナーが、ぶつくさ不満を口にしていたという。
 彼らは「“スタッキング”と称される幾重にも重ねて巻く方法ではないか?」と文句を言っていたそうだが、実際はフルトンの方が井上よりも分厚くバンテージを巻いていたという。
 前日計量のフェイスオフでは、途中で制止されたにもかかわらず30秒の睨み合い。
「燃えてきた。腹立った。上から目線で。上等よ」
 だが、その怒りのエネルギーを冷静な心理戦に変えて見せた。ただ、あの2ラウンドの挑発の仕草には、フルトンへの怒りが少し混じっていたという。
 井上は、このフルトン戦で大きな財産を得た。
「ここまで駆け引きをしたのは初めてかも。ああいう試合をしたことがない。そこまでの技術で対抗できる選手がいなかった。だから試合を通しての成長はなかったんです。大きな舞台で、そういう戦いができたことが大きい経験になった。価値ある試合。自分より背も高く懐も深い選手に技術戦で上回ったのは自信にもなった」
 強すぎて敵のいなくなった井上が、高度な技術戦を展開したのは、2019年11月のWBSS決勝のノニト・ドネア(フィリピン)との第1戦まで遡らねばならない。
 最近のキャリアの中で、緊迫した試合をした相手は、そのドネア戦を除くと2ラウンドTKOで終わったが、英グラスゴーでのWBS準決勝で対戦した当時のIBF世界同級王者、エマニエル・ロドリゲス(プエルトリコ)くらいだろう。
 だが、これからは試合を通じて井上がさらに強くなる可能性が出てきた。
 大橋会長がドリームプランを明かす。
「今年4団体統一して、来年、カシメロ、ネリ。その後、僕的には、フェザー級に上がってラミレスとやればおもしろいし、絶対に勝てると思う」
 12月にWBAスーパー&IBF世界同級王者のマーロン・タパレス(フィリピン)との4団体統一戦。来年にWBCの指名挑戦権を持つ“悪童”ルイス・ネリ(メキシコ)、挑発を続けてきた“暴走男”ジョンリル・カシメロ(フィリピン)、そして井上―フルトンのセミファイナルでロンドン五輪銅メダリストの清水聡を5回でキャンバスに沈めた1階級上のWBO世界フェザー級王者、ロベイシ・ラミレス(キューバ)という一筋縄ではいかない好敵手が待ち受ける。
 海外メディアから「現状の世界最高のファイター」「パウンド・フォー・パウンド1位であることに疑いがない」と評価された2階級2団体統一王者に驕りはない。
「本当は、当日体重を61キロにしたかったが増えなかった(60.1キロ)。減量やリカバリーの仕方は改善できる。もっとこういうトレーニングをしたら、もっとこういう動きができるのでは?というひらめきもあった。これを今後のトレーニングに生かしたい。ひとつひとつの意識。1.8キロの体重を無駄にしないように生かす」
 取材対応が終わった時間に弟の拓真がちょうど練習に来た。
「これから練習だろ?」
 弟にそう声をかけられた最強の兄は笑って返した。
「そうそう。そう思ってたんだけど。ちょっと休むよ」
 この日、フルトンはツイッターで「オレは必ず立ち直る」と再起を宣言している。
 (文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

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