なぜ三木谷会長の神戸で監督交代の”悪しき歴史”が繰り返されるのか…吉田氏3度目登板の”応急措置”で見えてこない再建ビジョン
J1で最下位に苦しむヴィッセル神戸は29日、ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督(65)との契約解除と、強化部スタッフの吉田孝行氏(45)の新監督就任を発表した。今シーズンだけで3人目の指揮官だったロティーナ氏を、就任から3ヵ月もたたないうちに解任。2017、2019年とシーズン途中で神戸を率いた吉田氏を3度起用する“応急措置“の監督人事。J1残留をかけた”劇薬”で戦力補強にも動くようだが再建ビジョンが見えてこない。
守備を立て直したロティーナ監督を約3か月で解任
神戸の悪しき歴史がまたもや繰り返された。
J1戦線を最下位でターンし、浦和レッズとの後半戦初戦でも敗れてから3日。ロティーナ前監督の解任と、強化部スタッフの吉田氏の新監督就任が発表された。
今シーズンだけで実に3度目となる、指揮官の交代が発表されてから5時間後の29日午後6時。千布勇気代表取締役社長、徳山大樹副社長とともにオンライン形式の記者会見に臨んだ永井秀樹スポーツダイレクター(SD)が、4月8日に就任したばかりのロティーナ前監督との契約を解除するに至った理由を説明した。
「守備を再構築して、もともとある攻撃力を生かす狙いがあったなかで、ロティーナさんは非常に短い期間で守備を構築していただいた。しかし、守備に重きが行き過ぎると少し感じていたなかで、攻撃の部分をもう少し改善してほしいと話し合ってきた。もちろんロティーナさんで続けていく選択肢もあったが、もうひとつも落とせない状況で最善の策を探る上で、熟慮に熟慮を重ねた末の決断でした」
ロティーナ体制で喫した6つの黒星のうち、直近の浦和戦を含めて、確かに4つが零敗だった。しかし、三浦淳寛元監督、リュイス・プラナグマ・ラモス暫定監督のもとで9試合を戦いながらひとつもあげられなかった白星を、ロティーナ前監督は2つ、ともに4ゴールを添えて手にしている。永井SDの説明は説得力を伴わない。
何よりもロティーナ前監督は、ともに上位へ進出させた東京ヴェルディ、セレッソ大阪時代からまずは時間をかけて、緻密なポジショニングをベースにした守備戦術を浸透。その上で攻撃につなげていくチーム作りを標榜してきた。
神戸でも開幕以降の9試合で15失点と崩壊気味だった守備が、ロティーナ体制下の9試合で11失点に、そのうち6試合で1失点以下に立て直されつつあった。特効薬を望むのならば、ロティーナ前監督の招へい自体がそもそも間違いだった。
そして、吉田氏の3度目の登板とともに、神戸は不名誉な記録を更新した。 川崎製鉄サッカー部が岡山県倉敷市から神戸市へ移転し、クラブ名称をヴィッセル神戸に変えた1995シーズン以降で、暫定監督や監督代行を含めて、吉田氏は延べ32人目の監督となった。再出発を果たして今シーズンで28年目だが、クラブの活動年数を歴代の監督数が上回っているクラブは、今シーズンのJ1でいえば神戸だけとなる。
しかも、監督交代の頻度は2004年を境に大きく変化している。
最初の9年間で7人、シーズン途中の交代が3度だった。対照的に2004シーズン以降の18年半で延べ25人に、シーズン途中の交代が20度に激増している。
楽天グループ創業者で、神戸市出身の三木谷浩史氏がクラブの経営権を取得したのが2004年1月だった。目に見える結果を現場トップの監督に求め続け、すぐに成果を出せないと判断すれば交代を即決する。楽天グループを1997年の起業から急成長させた剛毅果断ぶりを、サッカーの世界にも持ち込んだと言っていい。
しかし、歴代最多の8度のリーグ優勝を誇る鹿島アントラーズは1992年以降の31年間で延べ15人。直近の5シーズンで4度優勝した川崎フロンターレは1997年以降の26年間で16人。鹿島のトニーニョ・セレーゾやオズワルド・オリヴェイラ両監督、川崎の鬼木達監督のように、強豪クラブには例外なく長期政権を託された指揮官がいる。
対照的に神戸が手にしたタイトルは2019シーズンの天皇杯だけ。会見では永井SDにこんな質問も飛んだ。再び繰り返された指揮官交代を、どう受け止めるのかと。
「ヴィッセル神戸がビッグクラブであるがゆえ、より結果にフォーカスしなければいけない、というのをすごく感じている。時間をかけて戦術をきちんと構築しながら内容を求めていくという、ふたつのものを同時に押し進めていけるのが本当ならば理想ですけど、このクラブの大きさを考えると、より結果にフォーカスせざるをえない」
神戸がビッグクラブかどうかは別として、永井SDの言葉からは、今月1日に急きょ就任した千布社長よりもはるか上、すなわち三木谷会長から常に結果を求められているという神戸特有の背景が強く伝わってくる。
しかし、今回の指揮官交代が奏功するかと言えば、首を傾げざるをえない。 あくまでも“応急措置“だろう。
吉田氏は2017年8月にネルシーニョ監督(現柏レイソル監督)の、2019年4月にはフアン・マヌエル・リージョ監督(現アル・サッド監督)の辞任を受けて監督に就任した。しかし、第1次政権で3連敗を喫して2018年9月に、第2次政権では7連敗を喫した後の2019年6月に、ともにシーズン途中の退任を余儀なくされている。
2020シーズンからはJ2のV・ファーレン長崎のコーチに、昨シーズンは長崎の監督に就任したが5月に退任。アシスタントコーチを務めた後の同年12月をもって退団し、今シーズンから強化部スタッフとして神戸に復帰していた。
「ロティーナ氏が築いてくれた守備のオーガナイズを継続しつつ、よりアグレッシブなサッカーを展開してJ1残留を是が非でもつかみとるために今回の決断に至った。吉田氏は今シーズンよりヴィッセル神戸に戻り、現在のチーム状況と選手の特徴もよく知っているということで、この窮地を救うために力を貸していただくことになった」
吉田氏へ3度目のオファーを出したのが、ごく最近だったと千布社長は明かした。その上でJ1残留圏の15位・ジュビロ磐田に勝ち点で8ポイント差をつけられ、最下位にあえぎ続ける苦境を踏まえながら、こんな希望を口にした。 「いまの状況を考えると奇跡に近いかもしれないが、吉田氏とともにJ1残留をつかみ取るために、チームが一致団結して戦っていきたい」
ここからの逆襲は可能なのか。
2018シーズンには今シーズンと同じ第18節終了時で最下位だった名古屋グランパスが最終的に15位まで浮上してJ1残留を果たしている。15位の柏との勝ち点差が10ポイント。総得点はリーグ最少タイ、総失点は同最多と神戸より数字は悪かった。
この時、名古屋がV字回復を導いた要因は、夏の移籍市場における大型補強だった。
センターバックの丸山祐市(FC東京)と中谷進之介(柏)、サイドバックの金井貢史(横浜F・マリノス)、ボランチのエドゥアルド・ネット(川崎フロンターレ)、そしてFW前田直輝(松本山雅FC)の新戦力が瞬く間にフィット。GKランゲラックやMFガブリエル・シャビエル、得点王を獲得したFWジョーらの既存戦力と噛み合った。
消化試合がひとつ少なかった名古屋は、後半戦の17試合で10勝1分け6敗と勝ち点を31ポイントも獲得。得点37に対して失点26と攻守のバランスも大きく改善され、勝ち点41で5チームが並ぶ大混戦のなかで得失点差で生き残った。
神戸も指揮官交代が発表される前に、走力に長けたサイドアタッカーで、サイドバックでもプレーできるMF飯野七聖(25)をサガン鳥栖から完全移籍で獲得したと発表した。夏の補強戦略を問われた永井SDは、こう断言した。 「まもなく新しい発表ができるかな、と考えています」
国内外の一部メディアですでに報じられているモンテネグロ代表FWで、韓国Kリーグ1部の得点ランキングでトップに立つステファン・ムゴシャ(30)の獲得を示しているのだろう。大迫勇也(32)のコンディションがなかなか整わず、7試合ぶりに先発した浦和戦でも自ら申し出る形で、後半17分にベンチへ下がっている。だが、ストライカーの補強だけでなく、元ベルギー代表トーマス・フェルマーレンの退団とともに、カバーリングやビルドアップが著しく低下しているセンターバックの補強も急務といっていい。
何よりもピリッとしない状態が続くチームには、4年前の名古屋のように、補強を介した戦力面、そしてメンタル面でのテコ入れは欠かせない。強化部の手腕が問われるなかで、当時の名古屋とは決定的に異なる点がある。
前半戦で泥沼の8連敗を喫しながら、名古屋はJ2を戦った前年の2017シーズンから指揮を執る風間八宏監督(現セレッソ大阪スポーツクラブ技術委員長)を続投させた。既存の戦力と補強組が噛み合う土壌が、風間監督のもとで整っていた。
対照的に三木谷会長体制になってからの神戸は、監督が2度交代した2005シーズン、今シーズンと同じく3度交代した2012シーズンはいずれもJ2へ降格している。 果断な決断が繰り返されてきたと言えば、聞こえがいいが、実際は監督の人選を含めて、クラブの強化に一貫性や哲学の類が伝わってこない。 フロントのトップに“我慢”が感じられないがゆえに、監督交代のたびに現場は混乱に陥ってきたのが現実。監督交代がうまく作用した例はないのだ。なのにまた同じ“失敗”を繰り返すのか
神戸で現役を終えた吉田新監督は、クラブを通じて「この厳しい現実を打破するべく私のことを信頼し、このような機会を与えてくれるクラブの力になるため、監督を引き受けさせていただきました」とコメントを発表し、一致団結を訴えた。
しかし、過去に指揮を執った期間の成績で判断する限りでは、残念ながら今回も明確なビジョンが伝わってこない。敵地の駅前不動産スタジアムに乗り込む鳥栖との次節を含めて残り16試合。一戦必勝態勢に入る神戸は、すでに大きなハンデを抱えている。