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阪神の藤川監督が就任から2年連続で優勝監督となった(資料写真:Imagn/ロイター/アフロ)
阪神の藤川監督が就任から2年連続で優勝監督となった(資料写真:Imagn/ロイター/アフロ)

「阪神は2、3年後にダメになる危険性がある」球団史上初の連覇を果たしたタイガースを球界大御所が総括…「藤川も少しは監督らしくなった。7連敗でなめていた選手が変わった」

 阪神が球団史上初の連覇を果たした。マジック「1」の阪神は3日のデーゲームで広島に4-6で敗れたが、ナイターで巨人が横浜DeNAに2-5で逆転負けしたため、77勝60敗2分けで優勝が決定した。1リーグ時代を含めれば12度目の優勝で、2位巨人での阪神優勝は初。佐藤輝明(27)が3冠に王手。高橋遥人(30)が16勝3敗、村上頌樹(28)が防御率1.85でそれぞれリーグトップ。巨人OBでヤクルト、西武で監督を務めた広岡達朗氏(94)は、藤川球児監督(46)の手腕を認めた上で「主力がメジャーに流出すれば2、3年後にダメになる危険性がある。黄金期とは言えない」とあえて警鐘を鳴らした。

 藤川監督は優勝会見で涙

 自力で優勝を決めることができなかった。
 デーゲームで広島に4-6で競り負けた阪神のメンバーは横浜へ移動せず、そのまま広島市内のホテルでマジック対象チームである巨人の横浜DeNA戦を見守った。2点を先制した巨人だったが、継投に失敗して7回につかまり逆転負け。阪神の球団史上初となる連覇が決定し、そのまま宿舎で藤川監督、主力選手の優勝インタビューを行い、歓喜のビールかけが行われた。
 藤川監督は「苦しかったですね」と涙ぐみ「選手たちを守れたこと」に胸を張った。
 球界大御所の広岡氏は、「開幕前から阪神の戦力は盤石だと思っていた。巨人を含めて他があまりにもつまらなかった。こういうチームに勝ってもらわねば困ると見ていた」と、阪神の優勝に敬意を示した。
「近本の死球による骨折での離脱があったが、1番から5番まで1年を通じて固定できたことが大きい。巨人を見てみなさい。どれだけコロコロ打線を変えたか。対照的だ。打線のつながりや流れというものは時間をかけて培われていくものだ。投手陣も先発に村上、高橋、才木と3本柱が揃っていた。これまで怪我もあり1年働いたことのなかった高橋が最後までローテーを守り、13個もの貯金を作ったのが大きいだろう」
 3冠に王手をかけている佐藤だけではない、森下が各部門の2位を独占。打率部門では、中野が.2925で4位に入り、大山が.281で5位。シーズン終盤に勝負強さを発揮した大山は、84打点で森下と2位で並んでいる。先発投手陣を見ても、村上が防御率トップの1.85、10勝9敗、高橋が防御率2位の1.87で16勝3敗、広島戦で先発の役割を果たせたなかった才木も防御率2.51、10勝5敗の成績を残した。
 そして2年目の藤川監督の指揮官としての成長も指摘した。
「岡田が作った遺産がベースにあるチームだが、藤川も少しは監督らしくなってきた。デッドボールにいちいち神経質にベンチを出てくるのは気になったが、怪我の石井を欠きながらブルペンをうまくやりくりした。工藤へのストッパーの切り替えは見事だった。自らの経験をもとに投手出身監督の強みを見せたんじゃないか」
 最速163キロの工藤をストッパー起用したのは8月2日のヤクルト戦。そこまで起用していたドリス、岩崎が不安定になってきたタイミングで大きな痛手を受ける前に藤川監督はストッパー変更の決断をした。藤川監督は「間に合うかどうか、あの時点で勝負だった。差し切れるのか、それとも遅かったのか紙一重の勝負だったが間に合った。自分の経験値からいけると思った。勝負というのは常に賭け。成功すれば選手のもの、失敗すれば私の責任」と振り返っている。
 工藤は防御率0.92、11セーブをマークしている。
 石井がアキレス腱断裂の怪我で開幕から長期離脱。セットアッパーも苦しかったが、ここには、木下を抜擢して2026年版の勝利方程式を確立した。

 

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