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村田諒太は世界最強のゴロフキンを2、3ラウンドとボディ攻撃で一度は追い詰めた(写真・山口裕朗)
村田諒太は世界最強のゴロフキンを2、3ラウンドとボディ攻撃で一度は追い詰めた(写真・山口裕朗)

なぜ村田諒太の”魂の戦い”は”最強”ゴロフキンに9回TKO負けしながらも人々の感動を呼んだのか…現役引退を決断

息が上がり、腰も浮き、明らかに弱っていたゴロフキンは4ラウンドから反撃に転じる。歩くようにサイドに動きながら、距離を変え村田の動きを鋭く観察しながら空いた場所にパンチを変幻自在に打ち込んだきた。角度を変え強弱をつけながら四方八方から。耳の後ろをピンポイントで狙う“ゴロフキンフック”やヒジをL字にして頭の真上から飛んでくるフックもあった。  本田明彦会長は、その変化に気づいていた。 「途中から技術的なものに変えてきた。サイドから角度を常に変えて打ってきた。村田はブロックしているが、軽いパンチを3発くらいもらう。それが効いてきた。引き出しの多さ」 百戦錬磨のテクニックを前に村田も必殺のボディを打たなくなった。いや打てなくなった。

6ラウンドにはゴロフキンの凄まじい威力の右フックに村田のマウスピースが吹き飛んだ。7、8ラウンドと、村田が一方的に打たれるシーンが目立ち始めて会場が悲鳴に包まれる。ゴロフキンに流れを奪い返された。 「蓄積ダメージ。パンチはめちゃくちゃあったが、ブロッキングでなんとかできる範囲。でもガードの隙間から数多く浴びた。ジャブもそう。角度を変えて打ってこられた。技術の幅を感じた」  ワンツー一辺倒の愚直な村田のボクシングとは対照的だった。だが、村田は必ず殴られたら殴り返した。  ゴロフキン対策に身につけていたダッキング、ウェービングで空振りを誘い、そこに右ストレートを狙った。いつ止められてもおかしくないシーンはあったが、ガードの下にある村田の目は死んでいなかった。打たれても打たれても前へ出るため、その迫力に圧倒され、過去2戦で不可思議なレフェリングをしたプエルトリコ人もストップのタイミングを逸した。

米専門機関のデータによると、ゴロフキンは629発のパンチを放ち、命中させたのが257発でヒット率が41%。村田は592発のパンチを放ち、命中させたのが144発でヒット率は24%。ただボディに関してはゴロフキンが23発で村田が46発と上回り、パワーパンチを繰り出した数でも、ゴロフキンが321発で村田が359発で負けていなかった。

9ラウンド。村田はロープを背負い滅多打ちされた。だが、本田会長が言うところの「世界一のガード」は下がらない。しかもゴロフキンが打ち疲れたとみるや、怒涛の逆襲を仕掛けたのである。

しかし、そこに死角が生まれた。打ち終わりにゴロフキンの右フックが飛んできた。村田は横を向き、グルっと半回転して、両ひざ、両手をキャンバスについた。プロ9年目、19戦目にして初めてのダウン。レフェリーがTKOを宣告するのとほぼ同時に本田会長の指示で白いタオルが投げ込まれた。 「え?タオルが投げられたんですか」  プレスルームで質問が出るまで村田は、それを知らなかったという。試合後、ゴロフキンは試合を振り返り、「緊迫した。互いにギリギリの状態だった」と、2、3ラウンドの危機を素直に認めた。 「最初は見守ったわけじゃないが、調子を伺い、そのうちパンチが当たってきたなという感覚をつかめた。距離感をつかめてきた。村田はタフだった。コンビネーションなども使ったが、距離をつかめたことが一番(の勝因)」 心底ゴロフキンは対応に苦しんだのだ。

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