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最終ラウンドのゴングを聞くと井岡一翔は勝利を確信したかのように右手を上げた(写真・山口裕朗)
最終ラウンドのゴングを聞くと井岡一翔は勝利を確信したかのように右手を上げた(写真・山口裕朗)

なぜ井岡一翔は最強挑戦者を完璧に封じるリベンジV5に成功したのか…井上尚弥との比較論にも「自分にしかできないボクシング」を貫く美学

 8ラウンドにはワンツースリーまで打ち込んだ高速コンビネーションで右目上をカットさせ、10ラウンドには「向こうの狙いに同時に合わせた」と、ニエテスが苦し紛れに繰り出したパンチにタイミングを絞り右のクロスカウンターを炸裂させた。

「目をカットしたパンチは手応えがあった」

 今度は左目の上を切り裂き、レフェリーが試合を止めてドクターチェックを求めるほどの傷を負わせた。それでもダウンシーンを演出することができなかった。

「カウンターもそうだけど、ジャブもノーモーションで、こちらの視界が隠され飛んでくるのが見え辛かった。ポイントを取っている空気もわかっていた。やりたいことがたくさんあってコンビネーションも出したかった。プロとして倒しきる展開にもっていきたかったが、ニエテスの上手さが光った。ここしか打つところがないというポジションを作られ、そこに“当たれ”と打っても外された」

 井岡は、最後まで警戒心を解けなかったことを試合後に打ち明けた。それでも11ラウンド、12ラウンドと勝負にいった。

「自分のやってきたことをやり続けよう。攻めの姿勢を最後まで貫こうと。相手の好きなことをさせず、やってきたことを出しきろう。完全燃焼をしたかった」

 それが井岡の美学だった。

 ポイントで負けているのがわかっていてもニエテスは最後まで何もできなかった。

 終盤には、40歳という年齢からくる衰えも見え隠れしていた。 「井岡のパンチは前よりも強くなっていた」  両目の傷をテープで応急措置をしたニエテスは素直に完敗を認めた。

 井岡の何がどう凄かったのか。

 内山高志氏が、続けてこう解説してくれた。

「ミット打ち、サンドバッグ打ちの練習でやるコンビネーションをそのままリング上でやってのけた。練習を実戦で体現できるボクサーなんてそうはいない。しかも脱力して、それをやれるから、いくら打っても疲れない」

 井岡が、この境地にたどりついた背景には、佐々木トレーナー、藤原トレーナー、そして緊急来日したサラストレーナーの「チーム井岡」で妥協を許さぬトレーニングを続けてきた日々にあると言っていい。井岡はボクシング“マスター”だ。

 リングサイドには、臨月の妻の恵美さんが8月で3歳になる長男の磨永翔君をヒザの上に乗せて応援していた。出産予定日は22日だったが、陣痛の予兆がきていて、いつ生まれてもおかしくない状況だった。  気丈な妻は、井岡の試合に影響を与えるわけにはいかないと「もし病院にいくことになったら1人で行く」と伝えたそうだが、井岡は「ほうってはおけない。一睡もせず世界戦を迎えることになっても」という気持ちでいた。

 井岡は、いつでも病院にいけるように荷物を整理してまとめておいたという。

 夫婦は、お腹の中の第二子にこう語りかけた。

「もうちょっとだけ我慢してね」

 次男は誕生を前に最初の親孝行をしてくれたのかもしれない。

 リベンジ戦を前に強気な発言を続けてきたが不安や恐怖はあった。

 それを乗り越えられたのは、家族の絆であり、ファンの声。そして自らが戦うことで伝えねばならない使命を感じたからである。

「日本人で一番多く世界戦のリングに上がらせてもらい、その度に学ぶことが誰よりも多い。その分の怖さもある。練習で不安になるときも気持ちの浮き沈みもある。世界チャンピオンだから強いのではない。みんなに、失敗した後でも、もう1回チャレンジできるというメッセージを伝えたかった」

 

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