「峠を越えた?今がピーク。年下なんかに負けられない」なぜ井上尚弥は中谷潤人に「たられば」を許さなかったか…“名参謀”真吾トレーナーに聞く真実…あの「ハロー?ソーリー」事件の真相も
真吾トレーナーは対中谷の戦略を練る上で3つのパターンを想定していた。
「遠い距離で足を使ってのポイントアウト」「中間距離でのカウンターボクシング」、そして「近距離での奇襲」。
真吾トレーナーは「中間距離が一番やりやすい」と考えていた。
中谷陣営が選択したのは、その中間距離での左のカウンターを狙う作戦だった。
井上は1ラウンドからプレスをかけ確実にポイントを重ねた。中谷は左のカウンターを狙うがほぼ手が出ない。リターンは紙一重が外された。3人のジャッジは、1ラウンドから4ラウンドまですべて井上を支持していた。
では真吾トレーナーが嫌な戦略はどれだったのか。
「中に入り込んでくることを続けてやられるのが嫌なパターンでした。接近戦になると、身長の高い向こうが外から覆いかぶさる形になるのでそれで体力を消耗していくと嫌だなと。中谷選手のような大きい相手とやったことがなかったのでそこはわからなかった。それを想定して外から打たせてこちらはガードを固めて打ち終わりに内側からアッパーを打つ作戦もあった。その場合は中から仕留めればいい。そのスパーもやりきっていたんです」
いきなり接近戦を仕掛ける奇襲を中谷は、昨年6月のIBF世界バンタム級王者の西田凌佑(六島)との2団体統一戦で実行して、6ラウンドでTKO勝ちしていた。
公開練習で井上は「中谷選手が目の前で見せてくれたのはプラス」と珍しい発言をしたが、実は、それが一番嫌なパターンだったゆえに、牽制する意味で、心理戦を仕掛けていたのだ。
だが、中谷陣営はその戦いを選択しなかった。
試合後、中谷はその理由を「井上選手に学ばせたくなかった」と説明した。察知能力に優れている井上に対して序盤にすべてのパンチを見せてしまえば、すぐに対応され、中盤から終盤の戦いが苦しくなると踏んでいたのだ。
その中谷陣営の戦略を真吾トレーナーは「いや見せたくなかったのではなく出せなかったのでしょう」と見ている。
「尚の圧で入りたくも入れなかった。尚のパンチは届くが向こうはその後のリターンを打っても届かない、なおかつそこに次のリターンのプレッシャーもある。もし前へ詰めてパンチが当たれば自分のペースで押し込める。それをやろうとしてもできなかったというのが答えじゃないですか」
さすがに中谷もポイントの劣勢に危機感を抱いたのだろう。5ラウンドにアクションを起こす。ワンツーからの右フック、近い距離からの左を放ち、2人のジャッジは中谷を支持した。だが、ルディ・ヘルナンデストレーナーがゴーサインを出したのは8ラウンドからだった。
中谷はようやく前へ出てプレッシャーを強めた。左から4連打を浴びせ、突っ込んでの右の上下のダブルのフックはクリーンヒットした。ロープにも詰めた。ジャッジ3人が揃って中谷の10―9につけたのはこのラウンドが初めてだった。
だがすべてが遅すぎた。
もしヘルナンデストレーナーのゴーサインがあと3ラウンド早ければどうなっていたのか。井上がポイントで逆転されまた違った展開の試合になっていたのか。

