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松井秀喜が巨人の第16代監督に就任した(写真・ロイター/アフロ)
松井秀喜が巨人の第16代監督に就任した(写真・ロイター/アフロ)

「松井(秀喜)一人で巨人は変えられない」巨人大物OBは”ゴジラ監督”誕生を「米マイナーのハングリーな野球を見ている」と大歓迎も「いいコーチの人材を集めよ」と警鐘鳴らす

 巨人が23日、来季の新監督としてOBでヤンキースなどメジャー4球団でプレーしてヤンキースのGM特別アドバイザーを務めていた松井秀喜氏(52)の就任を電撃発表。松井氏は都内で会見を行い「ここから新たな黄金時代をスタートしたい」などと抱負を語った。巨人OBでヤクルト、西武で監督を務めた広岡達朗氏(94)は「アメリカのマイナーリーグのハングリーな野球を見ている」と歓迎したものの「松井一人で巨人は変えられない。いいコーチの人材を集めよ」と警鐘を鳴らした。

 背番号は恩師の長嶋茂雄氏が第一次監督時につけた「90」

 ついに”ゴジラ”が25年ぶりに監督としてジャイアンツに帰ってきた。ドラフトが終わり、日本シリーズがスタートする前の野球界の行事が空いたタイミングを狙っての電撃発表。巨人の球団公式Youtubeで配信された会見によると、まず最初に就任挨拶を行った松井新監督の声が緊張で上ずっていた。
「私はジャイアンツで高校を卒業してから10年間プレーしました。その間、長嶋茂雄監督に指導をいただき、自分なりに精一杯がんばり成長してきたつもりです。今日、ここに来るときに今から24年前、自らの意思でジャイアンツを去る時(海外FAによるヤンキース移籍)のことを思い出していました。あの日はまったく笑顔を出すことが出来ませんでしたが、今日は満面の笑顔で自分の故郷に戻ってきたつもりです。そんな私の使命、監督、指導者として自分なりにがんばりたいと思っております」
 そして「ジャイアンツはV9以降、日本一連覇もおそらくないと思います。本当の意味での黄金時代は、V9以外来ていないと私自身は思っております。その間、80年代の(西武)ライオンズや、ここ十数年の(ソフトバンク)ホークスのような時代をまったく作れておりません。これからジャイアンツに新たな黄金時代が訪れるようここからスタートしていきたいと思っております」との誓いを口にした。
 会見に同席した山口寿一オーナーは、レギュラーシーズン終了と同時に松井氏に正式な監督要請を行っていたことを明かして、「ジャイアンツにとっては1つの危機であった年だと思っております。そこを力強く乗り越えて、強いジャイアンツにしていくには松井監督にお願いするしかないと思って要請したという次第です」と、松井氏に白羽の矢を立てた理由を説明した。
 今季は5月に阿部慎之助前監督が、長女への暴力行為で逮捕され(のちに不起訴)辞任。オフェンスチーフコーチだった橋上秀樹氏が監督代行を務め、最後まで優勝争いはしたものの。阪神に連覇を許した。クライマックスシリーズのファーストシリーズでも横浜DeNAに連敗して敗退となっていた。
 まだ来季の優勝を狙える戦力は整っていないが、日米でスーパースターとなった切り札を投入せざるを得ない状況に追い込まれていた。
 松井氏は、打診を受けた際に「正直、うれしかった」という。
「本当は長嶋監督にもこの姿を見ていただきたかったという気持ちはあったんですが、でもここで受けなくちゃいけないと。引き受ける時は悩みました。まず生活がアメリカにあります。何よりも大切なのは家族ですので家族の後押しがないとここに来ることはできなかったと思います。しかしその後押しを受けて自分自身立ち上がりたかったという気持ちです」
 濃紺のスーツは、恩師の長嶋茂雄氏と共に2013年に国民栄誉賞を受賞した際に着たものだ。そして背番号「90」は長嶋氏が引退後に最初に監督となった際につけたのと同じ。現役時代の背番号が「55」でメジャーリーグの最後にレイズでつけていたのが「35」でそれを合わせた番号でもあるという。
 松井新監督は、昨年6月3日に死去した長嶋氏を慰問した際に「生前の約束がある」と発言、それは巨人の監督になることだと臆測が乱れ飛んだ。今回約束を果たしたことになるが、松井新監督はそれについては明かさず、ただ「長嶋さんのようにはなれません」「(今声をかけられるとすれば)遅いよ、だと思います」と恩師とのつながりを感慨深げに語った。

 

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