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石井武志が衝撃の65秒KOでWBA世界ミニマム級王者に(写真・山口裕朗)
石井武志が衝撃の65秒KOでWBA世界ミニマム級王者に(写真・山口裕朗)

「死んでもいい覚悟」なぜ石井武志は井上尚弥に「俺の記録を抜いちゃったね」と驚かせた衝撃の65秒KOでWBA王座を奪取できたのか…綿密な陣営の作戦と「大橋ジムで一番の努力家」

 なぜ大勝負を実行できたのか。
「死んでもいい、男として絶対行くぞという覚悟を決めてあのリングに上がった。ビビる気持ちは一切なかった」
 石井はそう胸を張って答えた。
リングサイドには兄貴分の武居が感動で震えていた。
「できすぎなくらい。1ラウンドで倒すとは思っていなかった。感動しました。世界戦ですから。どうしても最初は慎重になる。よく1ラウンドからいきましたよね。でも、それが武志の凄さ」
 石井は福岡県うきは市出身の元キックボクサー。中2から5年間、空手の道場に通い、K-1の魔裟斗、武尊に憧れてキックを始めた。プロのリングに上がり4勝3KOの戦績で大和KICK第2代52.5キロ級王者にもなった。だが、憧れのK-1の最軽量級が、53キロから55キロで、身長156センチの石井に適した階級がなかったため「このままいっても先がない。でも格闘技が好きだから」と、ミニマム級のあるボクシング転向を決意した。それが21歳の時だ。武居は「僕が誘ったわけではない。武志の決断」というが、東京足立区にあるキックの「パワーオブドリーム」ジムへ合宿にいった際に交流の生まれた武居の紹介で古川誠一会長を通じて大橋ジムへ入門した。
 叩き上げである。大橋ジムでは、アマ実績のあるエリートにはスポンサーをつけ、ファイトマネー以外の経済的援助も行っているが、石井は、その対象選手ではなかった。グリーンボーイ時代は、実家からの仕送りとウーバーイーツのバイトで食いつないだ。
いつも一緒に行動している兄貴分の武居は、石井の秘密をこう明かす。
「毎日努力をしていた。報われてよかった。僕が言うのもなんなんですが、大橋ジムで、一番コツコツと頑張ってきた努力家です」
新人王を獲得するも、プロ8戦目で世界ランカーのリト・ダンテ(フィリピン)に判定で敗れて挫折した。世界戦ロードが直前でとん挫した。2024年にOPBF東洋太平洋王座を獲得するも、この1年間は試合が組まれなかった。
パワーが自慢だった石井だが、実はウエートトレが嫌いだった。だが「嫌いなことから逃げていては変われない」と、1年前からフィジカルトレーニングに通い始めた。前日計量では、惚れ惚れするような筋骨隆々の肉体を披露。
「見てもらったらわかる。この試合にかける思いが体に出ていると思う」
 自らを奮い立たせるかのようにそう言った。

 

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