めちゃ強い!「これからの時代を作っていく選手」吉良大弥“ワンパン”TKOでの日本最速タイ世界奪取を井岡一翔が絶賛…亀田興毅氏と“決別”のIBFフライ級王者の矢吹正道とのビッグマッチも浮上!
「心配はしていなかったが、初めての初めての世界タイトル。完全にペースを取って自分の流れだが、ここが自分との勝負になってくる時間帯であることがわかった。向こうはキャリアがある。中盤から勝負にきている。強い気持ちをもって欲しかった」
井岡は、今回の世界初挑戦が決まって以来、ポイント、ポイントで吉良の心に刺さる助言を送ってきた。
試合直前には「僕もそうだが試合が近づくとやってきたことに不安を感じたり恐怖が強くなることがある」と理解しているからこそ、こう言葉をかけた。
「やってきたことを信じて持ってるものを最後まで疑わずにリングに上がって試合までのプロセスをひとつひとつ丁寧に楽しもうね。ウエイトも楽じゃない。ひとつひとつリカバリーまで丁寧に仕上げようね」
12キロ以上ある減量が最大の敵だった。最後は水抜きで4.5キロを落とした。
井岡が「軽量級ではありえない」というほど過酷な減量で、計量ではパンツを脱ぎ、最後はガムを噛んでクリアした。これだけの水抜きをすると肉体は一種の脱水状態に陥り、細胞はダメージを受けるはずだった。
だが、吉良は、堤駿斗、麗斗兄弟に紹介された元ボクサーで専門家の海藤正晴氏のグラム数まで指示してくるリカバリーメニューに従って回復に努め、当日体重をわずか6キロ増に抑えた。
井岡は控室でアップの動きを見たとき「仕上がりがいいと思った」という。
吉良も「いつも通りというか調子のいい時のスパーリングみたいな感覚で戦うことができた」と振り返った。
元アマ3冠。奈良の強豪の王子工業で元WBA世界スーパーフライ級王者の名城信男や、IBF世界バンタム級王者になった西田凌佑(いずれも六島)を育てた高見公明氏の教えを請い、1年でアジア・ジュニアで金メダルを獲得し、2年で選抜、3年でインターハイを制した。東農大に進み、パリ五輪を目指したが、予選で敗れたため、大学の先輩でもあり、井岡に誘われ、2年で中退して志成ジム入りした。
その高校時代に“都市伝説”を作った。1年生で当時のライトフライ級の事実上の世界最強王者だった寺地拳四朗とスパーリングを行い「互角に渡り合った」との“都市伝説”だ。
恩師の高見氏が心配で会場に来ていた。
「プロに入ってから気合の入り方が違ってきている」
井岡も言う。
「素質はもちろんある。あの世代は、ボクシング競技に入る年齢が早く、やってきた技術レベルも高い。そこにどれだけ精神面が追いつくか。着実に結果だしながら、人としても選手としても成長してきた」
そしてこう続けた。
「大弥、堤兄弟らがこれからの時代を作っていく選手。日本のボクシングもりあがってきているなかで、ああいう選手を見て次も育つ。時代を担って自分の時代を作って欲しい。ここからがスタートじゃないですか」
井岡が、王座から陥落して以降、志成ジムになかった世界ベルトを最年少の吉良が取り返した。吉良もそのことにこだわっていた。
「ここで取れたら志成ジムの再スタートというか、ジム自体が上がっていけるその気持ちはめちゃくちゃ強かった」
吉良はリング上で「個人としての吉良大弥ではなく、志成ジムの吉良大弥として応援して欲しい」とも訴えた。

