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日体大は箱根予選会9位で79年連続出場の伝統を守った(写真・日刊スポーツ/アフロ)
日体大は箱根予選会9位で79年連続出場の伝統を守った(写真・日刊スポーツ/アフロ)

日体大の箱根駅伝79年連続出場の裏にあったドラマ…「選手に重圧を背負わせたくない」主将欠場と集団走の決断

 第103回箱根駅伝予選会が17日、東京の陸上自衛隊立川駐屯地~国営昭和記念公園のコースで行われ、45校が参加して各校上位10人の合計タイムで競い、上位10校が出場権を獲得した。東洋大が2位の中央学院大に大差をつけトップ通過、法大が10位に滑り込み2年ぶりに返り咲きを果たしたが、注目は10時間39分52秒の9位で79年連続出場を決めた日体大だ。初出場から一度も途切れることなく続いてきた伝統を今年も守り抜いた。しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。

 伝統の重圧と財産

 玉城良二駅伝監督は、「うちは留学生やエース的なものはいませんし、持ちタイム的にも全然遅いチームです」とチームの立ち位置を率直に語った。
 前回予選会で好走した主力の多くが卒業。今季は5月4日の全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会で11位と苦戦した。5月後半の関東インカレ後はトラックレースへの出場を抑え、箱根駅伝予選会に照準を合わせてきた。10000m資格記録上位10人の平均タイムは29分12秒65で8位。エース不在の日体大が勝負を懸けたのは、集団走だった。
 しかし、大一番を前に大きな誤算が生じた。チームの精神的支柱である主将の吉田黎大(4年)は、故障からの回復が間に合わず、欠場を余儀なくされたのだ。
「故障からの回復段階で、正直、あと1週間ぐらいあれば間に合うのかなと思ったんですけど……」
 吉田は前回の予選会も経験している重要な存在だ。集団走を軸に戦う日体大にとって、その不在は決して小さくなかった。それでも、出走メンバーを決める過程では、日体大らしい判断があった。
「出走選手についての原案は学生が作ってくるんですけど、主将に頼らずという形だったんです」
 学生たちは実績や役職だけでなく、予選会に向けて練習を積み重ねてきたランナーを選んだ。吉田の代わりにチームを支えたのが、4年生の天瀬海斗と大島脩太だった。
「集団走に吉田がいないというのは、正直、不安もあったんですが、その分、4年生がしっかりやって、3年生の主力もよくカバーしてくれたと思います」
 主将不在の危機を全員で補う。日体大はそんな覚悟で予選会に臨んだ。
 レース当日の立川は日差しがあり、風も選手たちを苦しめた。玉城監督は「暑さはあったんですけど、より風が難しかったと思います」と振り返る。日体大が選んだのは、序盤から積極的に飛ばすのではなく、集団で粘り、終盤に勝負する戦略だった。似たような戦術を採用した大学も多く、今回は波乱が少なかった。それでも日体大の集団走は際立っていた。
「うちはラスト3kmぐらいから、とにかく出し切る。早い段階から前に行けるチーム力ではなかったので、最後なんとか滑り込むぞ、という感じではありました」
 集団のペースメイクを任されたのは、4年生の天瀬と2年生の水津勇人。指揮官は2人の判断を尊重した。また、集団とは別に3人をフリーで走らせるなど、個々の能力を生かす戦略も組み合わせた。その作戦が終盤に威力を発揮する。
 10km通過では本大会出場ラインから54秒遅れの13位。しかし、15km通過では11位の法大とわずか3秒差の10位に浮上した。18km地点で法大に逆転されたものの、国士大を抜き去って10位を死守。最後は法大を再逆転し、9位で箱根切符をつかみ取ったのだ。
「みんな、最後まで崩れずに来てくれたかなと思いますね」と玉城監督は選手たちの粘りをたたえた。エースの爆発力で大量の?貯金?を作るのではなく、一人ひとりが役割を果たして合計タイムをまとめる。伝統校が磨いてきた集団走の強さが、厳しい気象条件のなかで発揮された。

 

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